2010年3月7日 星期日

[地球異変余録]グリーンランド篇(2)

地球異変余録 グリーンランド編(2)


イルリサットを飛び立った小型機の窓から、氷と岩の大地が見え始めた。長年にわたって、氷が削り上げた岩の峡谷が縞模様を作り、延々と続いている。その遥か向こうに、小さなひとつの村がある。私たちが目指す「地球最北の村」、シオラパルクだ。
從飛越Ilulissat的小型飛機窗戶,開始可以看到冰與岩石的大地。漫長歲月地移動,冰削過後的岩石峽谷形成條紋花樣,接連不斷著。在那遙遠的前方,有一個小村落,也就是我們的目的地「地球最北的村莊」- Siorapaluk。

北緯78度。ヘリコプターを乗り継ぎ、私たちはシオラパルクに降り立った。小さな入り江に面した斜面に、色とりどりの家屋が20軒ほど立ち並んでいる。かつて、冒険家の植村直己が滞在し、北極点の単独行の前に、犬ぞりの訓練をした村だ。
北緯78度。接著乘坐直升機之後,我們降落在Siorapaluk。於面對小海灣的斜坡上,大約有20棟各種顏色的房子比鄰在一起。這裡曾經是冒險家植村直己獨自前往北極點前,滯留在此訓練雪橇犬的村莊。

出迎えてくれたのは、先住民のイニューイ(エスキモー)たちだ。村には約80人が暮らし、伝統的な狩猟の生活を続けている。主な移動手段は犬ぞり。冬から春にかけて、凍った海の上を走り回り、アザラシやセイウチなどを追っている。
出來迎接我們的是原住民依努依(愛斯基摩人)們。大約有80個人生活在這個村莊,持續著傳統的狩獵生活。主要的移動方式是用狗拉雪橇。從冬天到春天在凍結的海面上奔走,追捕著海豹和海象等獵物。

この村に一人の日本人が住んでいる。先住民とともに猟師を続ける大島育雄さん(60)だ。日大山岳部OBで、遠征の準備で訪れた同村で、先住民の女性と結婚。以来、30年以上にわたって、狩猟の生活を送っている。
這個村莊住有一個日本人。他是和原住民一起當個獵人的大島育雄(60歲)。日本大學登山部的OB(學長),為了遠征的準備而來到這村莊,最後和原住民女性結婚。之後,度過了30年以上的狩獵生活。

約80人の村だが、犬の「人口」は200頭を超える。村を歩いていると、人よりも犬に出会うことが多く、犬好きの私にはたまらない村だ。でも、「絶対に頭をなでたりしないでよ」と大島さん。ペットと違い、そり犬はよそ者にはなつかない。私はいつもにらまれていた。
雖然是大約80人的村莊,但是狗的「人口」卻超過200頭。在村莊走著時,遇到狗比遇到人的機會還多,對於喜歡狗的我來說是個讓我高興得不得了的村莊。但是,大島說:「絕對不要摸他們的頭喔!」。他們與寵物不同,雪橇犬對其他人是不易親近的。我常常是被他們瞪著看。

「これから狩りに出るけど、一緒に行くかい」。大島さんに誘われ、私たちは犬ぞりに飛び乗った。凍った海を軽快に走り出すそり犬たち。体重は50キロ前後もあり、8頭で400キロの荷物を引く。速さは時速10キロほどだ。
「現在要出去狩獵了,要一起去嗎?」。被大島勸誘後,我們就跳上了雪橇犬。雪橇犬們在凍結的海面上輕快地奔跑著。體重大約也有50公斤,8頭雪橇犬就要拖著400公斤的。時速大約是10公里。

出発して1時間。海氷が急に解け始め、行く手を阻まれた。沿岸の浜辺にルートを変えたが、ここでも氷が解けていて、水が川のように流れていた。犬ぞりでは、これ以上は前に進めない。私たちは小さな船に乗り換え、旅を続けることにした。
出發1小時。海冰開始快速地融解,阻擋了前進的路。即使變更到沿岸海濱的路徑,這裡的冰也正在融解,水像河川一般流去。再來已經無法用雪橇犬過去了。我們改換乘小船,繼續接下來的旅程。

大島さん親子と同僚の真鍋弘樹記者、そして私の4人を乗せた小型船は、割れた海氷の合間を縫うように進み始めた。目指すはカナダ国境のスミス海峡。狙う獲物は、北極海から続く海氷の縁に生息するセイウチやホッキョクグマだ。
大島父子兩人、記者同事真鍋弘樹與我4人乘坐的小型船,開始在分裂如縫一般的海冰之間前進。目標是加拿大國境的史密斯海峽。狙捕的獵物是從北極海延續的海冰邊緣生存的海象和北極熊。

やがて海氷は姿を消し、私たちは氷山がポツリと浮く大海原に乗り出した。船の上で大島さんが首を傾げて言う。「なんでこんなに早く海氷が解けるのかなあ」。ここ数年で、海氷の解ける時期が1カ月も早まり、犬ぞりを使える期間がどんどん短くなっているという。
不久後海冰都消退了,我們乘船出海到冰山孤單地飄浮著的廣大海洋。在船上,大島側著頭說:「為什麼海冰會這個快就融解了呢?!」。這幾年,海冰融解的季節提早了一個月,能夠用狗拉雪橇的季節漸漸地縮短了!

海が解けるに従って、海氷の縁は遥か北に遠ざかっていた。最初の獲物となるセイウチに出会ったのは、出発から4日目。年々、夏の海氷の北限が北へ上がり、猟師たちは荒れた海で、長く危険な航海を強いられている。
隨著海的解消,海冰的邊緣遠離著遙遠的北方。與最初的獵物海象相遇是從出發開始第四天。逐年地夏季的海冰之北方界限在往北移動,獵人們在洶湧的海洋上,被迫長期危險的航海。

エンジンの回転数を落とし、銃を構えて、そっとセイウチに近づく大島さん親子。気づかれる直前まで、その時をじっと待つ。私も2人と並び、500ミリの長い望遠レンズを構える。カメラマンになって15年。猟師と横並びになって、「獲物」を撮るのは初めてだ。
降低引擎的迴轉數後架起槍,靜悄悄的接近海象的大島父子。到即將被注意到之前要耐心地等候。我也與他們兩人同一陣線架起了500公厘的長距離望遠鏡。做了15年的攝影師,還是第一次和獵人同行來拍攝「獵物」。

最初の1発が放たれると、セイウチたちは水しぶきを上げ、大慌てで逃げ始めた。大島さんは初めに弾が当たった1頭を目がけて、次々と銃を撃ち込む。むやみに撃って、必要以上のセイウチを傷つけないためだ。
最初的第一發子彈發射出去時,海象們濺起了大水花開始驚慌而逃。大島目標在最初中彈的那一頭,不斷地開槍射擊。為的是不傷害超過需求量的海象而胡亂地射擊。

銃声が止み、仕留められたセイウチが海氷の上に引き上げられた。重さは600キロほどだろうか。大島さん親子は全体重をかけて、セイウチをひっくり返す。午前0時。白夜の太陽の下で、解体作業が始まった。
槍聲停止,被打死的海象被拖到海冰上。重量大約有600公斤吧! ?大島父子秤完整個體重後,就把海象翻過來。上午0時,在白夜的太陽底下,開始了解體作業。

1時間後、600キロの巨体はバラバラに解体され、純白の氷が真っ赤に染まった。目を覆いたくなる光景だが、大島さんにとっては、村で待つ家族や犬たちの大切な食料である。肉、内臓、脂肪、牙・・・・。すべて大切に持ち帰る。
一個小時後,600公斤的龐大身軀被肢解開來,純白的冰染上了鮮紅色。雖然是令人不忍目睹的景象,但是對大島而言卻是在村裡等待的家人和狗兒們重要的糧食。肉、內臟、脂肪、牙齒....等等,全部都很珍惜地帶回去。

その日の夕食はセイウチの心臓だった。塩ゆでにして、そのまま食べる。味は焼き鳥のハツと似ているが、口に入れても、なかなか喉を通らない。そんな時は、日本から持ってきたしょうゆとわさびが活躍する。「やっぱり日本の味はいいね」。大島さんが笑顔になった。
當晚的晚餐是海象的心臟。用鹽煮過就這樣地吃了。味道雖然和雞心很像,但是放到嘴巴裡還是相當難下嚥。那時候,從日本帶來的醬油和芥末就大顯身手了。大島滿臉笑容地說:「果然還是日本味最棒啊!」。

海が荒れ、船はしばしば入り江で停滞した。その度に、畳2枚ほどの船室で、大島さんがこの30年間の話をしてくれる。中でも忘れられないのは「人間は自然に身を任せて生きるしかないんだよ」という言葉だ。薄くなる海氷、北へ遠ざかる氷縁・・・・・。その自然がいま、急速に変わりつつある。温暖化の影響を一番強く感じているのは、極北の民かもしれない。
海上起了風浪,船隻屢屢要停泊在海灣。那時候,在2塊塌塌米大小的船艙內,大島告訴我這30年間的故事。尤其最不能忘的是這樣的話,「人類委身於自然中生存是沒辦法的事啊!」。變薄的海冰,遠離北方的冰緣......等等,自然界現在正在急速地變化中。最強烈感覺到暖化的影響的,或許就是北極地區的居民吧!

プロフィール / Profile

武田 剛(たけだ・つよし)さん
武田 剛(たけだ・つよし)
朝日新聞写真センター記者。03年末から1年4カ月間、第45次日本南極観測隊に同行し、南極・昭和基地などで越冬取材。06年には「北極異変」取材班の一 員として、北極圏のグリーンランドを取材。その他、01年と02年にタリバーン政権崩壊後のアフガニスタン、03年にイラク戦争などを報道した。著書に 「南極 国境のない大陸」(朝日新聞社)、「南極のコレクション」(フレーベル館)、「ぼくの南極生活500日」(同)がある。39歳。
朝日新聞攝影中心記者。從03'年尾開始的1年4個月間,與第45次日本南極觀測隊同行,至南極・昭和基地等過冬取材。06'年做為「北極變異」取材班的 一員在北極圈的格陵蘭取材。其他,在01'年與02'年塔利班政權崩潰後的阿富汗、03' 的伊拉克戰爭等作報導。著作有「南極 沒有國境的大陸」(朝日新聞社)、「南極的collection」(福祿貝爾館)、「我的南極生活500日」(同)。39歲。


http://doraku.asahi.com/lifestyle/earthphoto/070618.html

沒有留言:

張貼留言